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2010年01月27日

彫刻家 重岡 建治さん伊豆賞「特別賞」受賞

100127.jpg「伊豆賞のトロフィーを29回にもわたり、毎年制作させていただけたことは、幸せなことだと感謝している。その伊豆賞をまさか自分がいただけるとは夢にも思っていなかった。今年はノミを持って60年。公募展の初入選から50年と、自分にとっても節目の年なのでとても励みになる」
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昭和11(1936)年、旧満州生まれ。彫刻家円鍔勝三氏、エミリオ・グレコ氏(イタリア)に師事。家族をメーンテーマに作品を作り続け、野外彫刻を中心に活動。伊東市制30周年記念「家族」、熊本市「平和祈念 原爆犠牲者の像」、スイス・ローザンヌ市オリンピック博物館「大地から空へ」、東京・汐留メディアタワー共同通信社ビル「とどけ」など国内外に100点以上を設置。倒木や伐採された木を使った室内彫刻にも力を入れている。また、オリンピックなど国際大会で金メダルを取った選手に与えられる「JOC日本スポーツ大賞」や「フジサンケイグループ広告大賞」のトロフィーも手掛けている。
「終戦後、中国から引き揚げ、電気も水道もない熱海の山奥で、小学3年から高校2年まで8年間暮らした経験が、どんな暮らしでもできる勇気をもらった。生活収入を得るために薪(まき)を割り、炭を焼いて街に売りに行った少年時代がノミやノコギリなどを上手に使えるようにしてくれた」と振り返る。
ウグイスの笛づくりをアルバイトで始めたのは中学1年。県立伊東高校時代は自分で工夫したシカやサルなどの玩具を観光地で"実演販売"して生活費をかせいだ。
「日展で初めて見た現代彫刻に感動し、彫刻家になりたい」と、高校卒業の年、当時美術教諭だった斎藤真一さん(画家、作家)に相談したら、「食えないから、彫刻だけはやめた方がいい」と言われたが、あきらめず、彫刻家への道を進んだ。
「常に何か新しいものを追い求め、今ある自分の世界とは違う世界をつくりたいとの思いがあり、それが今も続いている。イタリアには技術だけではない世界を知りたいと、自分だけの世界を求めて行った。イタリアは私に考えることと、見ることを与えてくれた。人と話すことが苦手だったが、イタリアに行ったことで、何かから解放されて、人とのコミュニケーションもできるようになった」
朝5時に起床。すぐにアトリエに入り、2、3時間仕事をした後、朝食。9時から仕事を再開し、昼食をはさんで午後6時まで仕事。夕食後は自宅で、気がむくままに、デッサンなどをして午前零時に就寝という規則正しい生活が、正月も関係なく半世紀も続いているという。
「健康に恵まれていることに感謝し、これからも毎日同じペースで仕事ができることを願っている。伊東は景色、空気、水、すべてにおいて恵まれ、安心して住めるところ。この良さはよそに行かないとわからない。『いいものができたなあ』と、満足しても次の日になるともっといいものができると思う。欲が深い。これからも、もっともっといいものを作りたい」

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