伊東今昔 「トリスバーものがたり」

2010年02月08日

012_01.jpg皆さんは、伊東に「トリスバー」というとてもあじわい深い、そして温かなバーがあるのをご存知だろうか?伊東駅から徒歩5分。細い路地を入り、トントントンと階段を上り、木製の扉を開けるとそこは昭和の世界にタイムスリップしたかのような郷愁がただようバーなのである。伊東市民に「トリス」の愛称で親しまれているこのバーを今回ご紹介する。






0012_02.jpg●伊東のトリスバー誕生・・・

伊東のトリスバーは1955年(昭和30年)創業。当時、マスターの鈴木孝行さんは27歳、ママの喜代子さんは26歳だった。マスターは東京で卒業後、銀行に勤めていたが、体をこわしUターン、トリスバーを開業した。開店以来盛況が続いたため、結婚式をあげることができず、翌年の昭和31年に結婚した。


●なぜ「トリスバー」を・・・

マスターの親戚が東京の京橋で小さなバーを開いていて、「最近、東京や大阪でトリスバーっていうのができたよ」と教えてくれた。マスターが「商売やるなら、伊東にないものをやらなくちゃ!それ、やりましょう!」と即決断。当時の伊東市民はまだ「ハイボールってなんだ?」という状況だったそうだ。


●開店当初の伊東の様子・・・

開店当初の伊東の町は活気があり、観光客でとても賑わっていた。当時は1階がトリスバーで2階が住まいという造りだったが、温泉客の下駄の「カラコロカラコロ」という音がうるさくて夜も眠れないほどだったという。今は温泉客も夕食後に出かけることが少なくなり、下駄の音がなつかしい限り。


012_03.jpg●トリス1杯40円・・・

当時はトリスが1杯40円。伊東の漁師たちも最初は「ト・リ・ス・バー???なんだこりゃ?」と思っていたが、そのうちに通ってきてくれるようになった。若い漁師などは100円を大事に握りしめてきたそう。100円でストレートが2杯飲めた時代。ラーメンも1杯40円の頃である。


●扉の向こうはどんな風なんだろう・・・

知らない街にいって初めてのバーに入るとき、少しの緊張感は誰でもあるはず。「この扉の向こうはどんな風なんだろう」。わくわくしながら扉をあける。ちょっとしたアバンチュール気分を味わえるのもバーの魅力のひとつ。




012_04.jpg●バーでは若者が紳士のマナーを学ぶ・・・

「バー」という響きはやはり大人のオトコを感じさせる。一人で飲みたいお客様は一人静かに飲み、グループのお客様は他のお客様の迷惑にならないように話し、マスターと時にはお酒について・・・時には人生を・・・語る。そんな紳士的な態度を遠くから見て多くの若者たちが勉強してきた。そこで学んだ若者が紳士となり、また次代の若者の手本となる。バーは大人のオトコを育てる場所だ。


●お酒の種類は・・・

常時最低でも350種類くらい。「ほしいお酒ばかりで、置き場所に困るわ」とママ。今では手に入らない貴重なお酒も数知れず。


●シングルモルトとは・・・

シングルモルトとは一つの蒸留所のものを瓶につめたもののこと。蒸留所がある場所により味が違うため、おもしろみがある。ジョニ黒やオールドパー、シーバスなどは「ブレンデット」と呼ばれるもので20〜30カ所の蒸留所のものをブレンダーが調合して作っている。お互いの長所をうまく引き出し、おいしくて飲みやすいのが特徴。昔の店はせまかったので、「建て替えたらシングルモルトをそろえよう」と二人で言っていた。今の店になり、シングルモルトの品揃えが充実してたいへんお客様にも喜ばれている。


012_05.jpg●佐治敬三氏ブレンドのウイスキー・・・

サントリー創業者 鳥井信冶郎さんの二男、佐治敬三氏は日本に洋酒を広めた人。その佐治敬三氏が自らブレンドしたウイスキーをサントリーの方からいただいたそうだ。「とても貴重で"尊いもの"」と2代目が語る。





012_06.jpg●「一度来たいと思っていたが、今日やっと来れたよ」・・・

「こんなに長く商売をしているのに、いまだに "やっと来れたよ "とお客様に言われることが多いんです。昨日みえたお客さまもそうでした。"ずっと来たかった。念願かなってやっと来れた"って。そんなに皆さんが緊張するお店ではないんですよ」とママ。そして「トリスバー」の名の由来を話してくれた。


012_07.jpg●店名を「トリスバー」にしたわけ・・・

もともと「トリス」はサントリーより安かった。「安くて入りやすいバー」にしたいということで「トリスバー」に。昔は1階にトリスバー、2階が住まいだったが、お客様から「落ち着いて飲めるちょっと大人のバーがほしい」と言われ、2階をサントリーバーにした。しかし、狩野川台風で1階は水びたしとなり、サントリーバーはやめてそのまま2階をトリスバーにした。建て替えた今も2階にあるのはその名残り。


012_08.jpg●お客さんは3代目・・・

落ち着いた雰囲気を好むのか、お客さんは学校の先生や、医者が多い。グラス片手に静かに、マスターと酒にまつわる話を楽しむ。トリスでデート・・・その後、結婚・・・あかちゃん誕生。そしてそのあかちゃんが成人し、トリスバーに。トリスバーは2代目(息子さん)だが、開店当時のお客さんの3代目トリスファンが増えている。


●伊東の大火では・・・

1988年(昭和63年)、伊東アーケードで大火があった。その日は折からの強風。アーケードをなめ尽くした火はトリスバーにも迫っていたそうだ。マスターも「これは焼けてしまう」と思って観念しながらも、ホースで水をかけたりしていた。幸運にも店の手前で火はとまった。「焼けたと思えば、なんでもできる」となけなしの貯金をはたいて、酒の品揃えを充実させたそうだ。


012_09.jpg●おすすめカクテルは・・・

勉強熱心なマスターはたくさんのカクテルブックを持っている。そのほかにマスター・ママ・2代目の息子さん、それぞれのオリジナルカクテルがある。年に2〜3回伊東へ来るお客さまがいて、伊東へ来たときは必ずトリスバーへ寄るとのこと。そのお客様から「伊東らしいカクテル作って!」と注文されて、マスターが考案したのが「天城越え」。今もメニューに載っているのでぜひ飲んでみたいカクテルのひとつだ。


●似顔絵、かなり似てますけど・・・

名刺や、伊豆新聞の広告欄でお馴染みのマスターとママの似顔絵。この似顔絵もお客さまが描いた。フランス料理のコックさん、当時24歳。ボトルキープのラベルにいつも上手に絵を描いていた。それを見たママが「あら、上手ね。私たちも描いて」とたのんだところ、あっという間に描いてくれた。「あらうれしい。お礼にボトル1本ね」。みんなに愛されている似顔絵はこうして誕生した。

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●小雪のハイボール・・・

最近、CMの影響か?「小雪のハイボール」と注文するお客さんが増えてきた。小雪のハイボールとは「角のハイボール」のこと。トリスの本社は大阪にあるが、トリスのハイボールのことを関西では「トリハイ」、関東では「Tハイ(ティーハイ)」という。TとはトリスのT。


●アンクルトリスの生みの親 柳原良平氏・・・

京都美術大学を卒業後、サントリーに入社した柳原良平氏は宣伝部に所属。「アンクルトリス」を考案し、爆発的なヒットとなる。販促品として配られた木製の爪楊枝入れは柳原氏の手作り。ひとつひとつ手で描いたとても貴重なもの。「"テレビで鑑定してもらったら?"なんていうお客さまもいるんですけどね。今は大切に箱にしまってありますよ。いつのまにか、ひとつになってしまって」とママ。なので写真でご紹介。ちなみにサントリー宣伝部には他に開高健氏や山口瞳氏なども在籍していた。たぶんご存じの方も多いと思う。

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012_12.jpg●プレートは毎年更新・・・

カウンターの左端にあるプレート。「SCB」とは「サントリー チェーン バー」のこと。1年更新で増えていくのを楽しみにしているお客さまも多い。











012_13.jpg●心のクリニックのお手伝い・・・

「一番心に残っていることは、やはり心のクリニックのお手伝いができたこと」とママは語る。なさぬ仲で悩んでいた青年もいた。東京で働いていたが母親が病気になり、伊東へ帰って小さな店を継がなければならなくなり、さまざまな葛藤に苦しんだ青年もいた。家族にも言えない苦しみを話し、一緒に泣き、また話した。いまだに「あの時のママの言葉が心に残っているよ」というお客さまもいる。「そんなお客さまの心のクリニックのお手伝いも、バーの役目のひとつ」。長年やってきたからこそ言えるママの言葉だ。


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012_14.jpg★(1) お二人の出会い・・・

マスターとママの出会いはマスターが中1、ママが小6。お互いの母親同士がとても仲良しで、子供の頃からお互いの家を行ったり来たりしていたという。初めて出会ったときから「結婚する」とわかっていたと語る二人。運命的な出会いを10代でしていたとは、本当にうらやましい。


★(2) マスターとママのデートは・・・

生活の時間帯が一般の人とまったく違うので、お昼から夕方までの短い間にいろんなことを凝縮してこなさなければならないお2人。「健康のために歩いた方がいいよ」と息子さんにも言われるが、なかなか時間がとれない。週に2回の外食がデートと言えばデート?




012_15.jpg取材を終えて

子どもの頃からあこがれの "異空間"だった「トリスバー」。あの階段の向こうには何があるのか?母の話では「ガッコの先生やお医者さんがよく行くところ」。成人し、お酒が飲める年齢になっても相変わらず "あこがれの聖地"に変わりなかった。ある年の会社の忘年会。二次会を終えて先輩が「さて、次はトリスでも行く?」「行く行く行く」。そして初めて扉の向こうの世界に足を踏み入れることができた。入ってすぐお酒の数に圧倒され、次の衝撃は「あっ、伊豆新聞の広告と同じ」。マスターがカウンターの中にいるだけで感動。最近はマスターも高齢になり、お店にでる時間も少しになっているが、まだまだカウンターでシェーカーをふっている。「でも今は息子にまかせています。」とマスター。ママのオリジナルカクテルもある。
1955年創業、今年で55年。今もなお「今日やっと来れたよ」というお客さまが訪れるあこがれのバーなのだ。しかしマスターとママの信条は「安くて入りやすいバー」。敷居は決して高くない。一人で飲むもよし、仲間と飲むもよし。大人になったら、ぜひ行ってみてほしい。

[関連リンク]トリスバー

〈メディア室・みぃ〉


DATE
公開日:2010年02月08日
カテゴリ:たべもの
著者:みぃ
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