パリ・ダゲール通り

6月1日は写真の日、現在の銀塩写真技術の発明者であるフランス・ダゲールが考案したダゲレオタイプと称する写真手法で長崎の学者・上野俊之丞が日本で初めて島津藩主・島津斉彬を撮影した日、すなわち1841年6月1日にちなんで制定された記念日である。
ちなみにモデルになった島津斉彬は、2008年に大ブレークした篤姫の義父、日本を開国に導いた歴史に残る名君である。
日本の写真術は、上野俊之丞の子息・上野彦馬が長崎で営業写真家として活動を開始、幕末の歴史的ヒーローを次々に撮影することになる。
一方、東日本では1823年に下田で生まれた下岡蓮杖(1823〜1914)が下田に来日したタウンゼント・ハリスの通訳・ヘンリー・ヒュースケンから写真術の基礎を学び、更にアメリカ人写真技師・ジョン・ウィルソンより専門的な指導を受けて1867年に横浜で写真館を開業、慶応3年は戊辰戦争の最中で上野彦馬同様に幕末の要人を数多く撮影している。現存する新撰組・近藤勇の写真も下岡蓮杖が撮影した可能性が高いとされている。
銀塩写真の発明者・ダゲール(ルイ・ジャック・マンデ・ダゲール 1787〜1851)はフランス・パリで舞台背景画家として活動をしながら、同僚のニセフォール・ニエプスと共に写真術の研究に没頭、ニエプスは1826年にアスファルト写真を考案、6〜8時間の長い露光時間を必要とした非実用的な写真術ではあったが現存する世界最古の写真とともに名を残している。
ダゲールはニエプスに遅れること13年、ヨウ素と硝酸銀より合成するヨウ化銀を水銀蒸気で現像する現在の基礎となる銀塩写真の考案に成功する。初期の露光時間は10〜20分、その後1〜2分に改良された銀塩写真はダゲレオタイプとネーミングされ短期間に世界に普及することとなった。
当時ダゲールはパリ14区、モンパルナス墓地の東側・ダンフェール・ロシュロー広場の近くに住んでおり、彼の住んでいたアパルトマンの前通りは写真発明の偉業をたたえてダゲール通りと命名されている。このダゲール通りは、古き良きモンパルナス地区本来の趣が現在も残されている庶民的な商店街として大変魅力的である。

このダゲール通りの入口には、1910年開業の「カフェ・ダゲール」があり、現在もこの地区に住む芸術家達で賑わっている。写真趣味人を自負する方々は、是非とも「カフェ・ダゲール」でワインでも飲みながらダゲールの偉業を讃えたいところである。
この「カフェ・ダゲール」なんと朝7:00から深夜2:00まで営業しており、来る人拒まずの姿勢も大変嬉しい。筆者は、2008年冬にパリ夜景撮影の一環として「カフェ・ダゲール」の夜景を撮りに行ったことがある。店の前に三脚をたてて中判サイズ銀塩カメラで撮影をしていると店から芸術家とおぼしき人達が出て来て私を取り囲みカメラ談義となった楽しい思い出がある。 下岡蓮杖の生誕地・下田には「カフェ・レンジョウ」は有るだろうか。(尾崎)
