やはり銀塩フィルム・モノクロフィルム編
今日のテーマは何ですか? カメラ・レンズの続編ですか。
ヤシカ35カメラ
ネオパンSSフィルム(フジフィルム)
トライXフィルム(コダック)
上野)尾崎さん、ハピコさん、今日は少し横道にそれてモノクロフィルムについての話をしましょう。
私が中学生の時に使っていた6×6判のスプリングカメラ「ウェルミー」、高校の時に使っていた「ヤシカ35」、いずれも使っていたフィルムは富士フィルムの「ネオパンSS」でした。フィルム感度はASA100,ごく普通のものでカメラ店に行って「フィルム下さい」と言うと黙って出てくるのが「ネオパンSS」か、小西六写真の「コニパンSS」でした。
当時の写真フィルムは、富士写真フィルムと小西六写真工業(現 コニカミノルタ)が二分してましたね。
写真にすこし慣れてくるようになってから低感度・微粒子の「ネオパンF」(ASA感度32)や「ネオパンS」(ASA50)、高感度の「ネオパンSSS」(ASA200)を使いました。
フィルム感度は、その後アップしてASA400が標準化しましたが当時を考えると、まさに夢のようです。
静岡新聞社に入社して驚いたのは、使っているフィルムが全てコダックの「トライX」(ASA400)で、当時は値段も相当高かったという記憶があります。
ちょうど、日本のタバコとアメリカのタバコ(洋モク)の違いと同じでしょうか。タバコのハイライトが70円の時代に洋モクは150円でしたから。
そのころ フィルムは一箱いくらだったのですか。
上野)私が高校生の時、すなわち昭和35~36年頃のフィルムの値段は結構高く、当時の35mmフィルムは、12枚撮り・24枚撮り・36枚撮りがあり、私はもっぱら36枚撮りを使用していました。36枚撮りをギリギリまで使うと39枚くらいまで撮影出来ました。一本300円ぐらいだったでしょうか。現像代が一本150円、プリント代が名刺サイズで10円、その倍の手札サイズが20円、その倍のキャビネサイズ(現在の2Lサイズ)が30円位でした。
ですから、フィルム1本買って現像・焼付すると、ほぼ800円位になってしまう。その当時の高校生の小遣いは平均3000円程度でしたので、全部写真に使っても月にフィルム3本程度しか撮れない事になってしまう訳です。
母親は何も言いませんでしたが、祖母は「写真道楽には困ったもんだ」なんて陰で小言を言ってました。
尾崎さん、モノクロフィルムについて何か話して下さい。
駿府公園をカメラ散歩(モデルは上野)=68年春
静岡市・浅畑沼で釣りを楽しむ子供たち=68年春
サクラがちらほら=67年春、静岡・浅間山
どこの子かな?=68年春
一面アシが茂る浅畑沼=68年
お堀端にあった静岡刑務所のとり壊し風景=68年
尾崎)モノクロフィルムは、富士フィルムの「ネオパン」というネーミングが好きです。
写真フィルムは、400~700nmの可視光全域に感光性を持っているフィルムをパンクロマチックといい、一般の使われているモノクロフィルムの感光材料は赤色光に対する感光性が少し足りません。そこで擬似のパンクロという意味から「ネオパン」と正直に命名した訳です。「ネオマーガリン」と一緒です。
ミューズフレックスとボルタ判フィルム
ライトパンSSフィルム(愛光商会)
ミノリSSフィルム(チェリー商事)
コニパンSSイージーローディング(小西六写真)
当時の小西六写真は社名から「コニパン」とただのネーミングを付けましたが、ネーミングの軍配は富士フィルムに上がったと思います。
私が最初に買ったフィルムは小学生の時、「ミューズフレックス」というボルタ判のフィルムカメラを使ってましたので、使えるフィルムは「ライトパンSS」(愛光商会)と「みのりパンSS」(チェリー商事)のどちらかで、いずれも12枚撮りで確か120円だったと覚えています。中身のフィルムは富士フィルム、小西六から供給を受けていた今風に言うとOEM製品で1995年頃まで販売していたようです。
大学に入ってから本格的に使用したフィルムは、以前にもお話したように、小西六写真さんの奨学金を頂いた御返しとして「コニパン」一辺倒でした。
1965年頃、パトローネ無しで一本分のフィルムをスプールに巻いて遮光紙で包んだ「コニパンSSイージーローディング」というフィルムが販売されてました。
36枚撮り150円と普通のフィルムの半額、空きパトローネにいれて遮光紙のベロを引くだけで使えるアイディア商品で、空きパトローネはアルバイト先の写真屋さんに山ほどあるので常用フィルムとして大量に使用しました。
今でも、「イージーローディング」のパッケージ缶は思い出として、大切に保管してあります。
上野さんから、当時のプリント代が名刺、サービスサイズが10円というお話がありましたが、写真屋さんが仕入れる印画紙代は一枚1円、薬品代と人件費を加えても笑いが止まらない程、儲かっていました。私が大学生の時の暗室作業のアルバイト代が会社に入った時の初任給よりも遥かに多かったことも頷けます。
街の写真屋さんの黄金時代でした。
モノクロ撮影の定番 Y2,YA3フィルター
上野)モノクロフィルムの撮影時に欠かせないのがフィルター、随分と使いました。
はじめはレンズ保護フィルターとしてイエローのY1,Y2だけだったのですが、山岳写真等を撮影しているうちにオレンジ・O,レッド・R等を使うようになりました。
雲の描写や山並みとのコントラストが素晴らしい仕上がりになりました。
尾崎さんはどうでしたか。
Y2フィルターを付けたキャノネット
尾崎)そうですね。モノクロ当時は、イエローY2フィルターを常用フィルターとして使われており、オレンジフィルターを付けている人を見ると「オッ、出来るな」なんて思ったりしていました。
光は短い波長程コントラストが高い性質があり、オレンジフィルターを付けると大体550nm以上の光が吸収され、400~550nmの光で撮影するためにコントラストが増加する事になります。
最先端の話になりますが、ブルーレイディスクプレーヤーの画質がDVDの画質を上回っているのも、コントラストの高い青色レーザーで録画しているためです。例の日亜化学が特許を取った青色レーザーです。カラーフィルムでコントラストを強調する場合は、偏光フィルタ―を利用する以外に手段はありません。乱反射光を偏光板がカットしてコントラストを高める訳です。二枚の偏光板の角度をずらして通過光をコントロールするので一眼レフのファインダーで効果を確認しながらの撮影になります。
デジタルカメラでは、カメラ本体、パソコン上でコントラスト調節が簡単にできるのでベテラン芸を発揮できたフィルターワークも過去の話になりつつありますね。
アグファ モノクロリバーサルフィルム
上野)アグファのモノクロリバーサルフィルム、コニカの赤外線フィルム等も、とうに無くなりモノクロフィルムの選択肢もどんどん狭くなりますね。
ローライブランドレンズ付きフィルム・撮りっきりカメラ
尾崎)モノクロフィルムは上野さんがおっしゃる通り随分種類が少なくなって寂しい限りですね。明るい話題として、ドイツ・ハンブルグにあるモノクロ専門フィルムメーカー・
MACO社がカメラメーカーのローライとタイアップしてローライブランドのフィルムを発売、国内にも入荷しております。何と赤外フィルム、レンズ付きフィルム・撮りっきりカメラまで製品化しており、販売がヨドバシカメラ等の大型店に限られているようですが頑張って欲しいですね。
イルフォード モノクロフィルム
上野)写真ファンは、フィルムの衰退を嘆く前にもっとフィルムを使わなければいけませんね。年間10本もフィルムを使わないでフィルムメーカーの姿勢を責める資格はありませんよ。
フィルムから撤退したメーカーは、フランスのパテ社、ドイツ・ベルギーのアグファ・フォト、アメリカのアンスコ、そして日本のコニカミノルタ等が代表として挙げられますね。
イギリスの名門・イルフォードは、印画紙も含めて頑張ってますね。
フィルムの歴史について教えてください、尾崎さん。
尾崎)現在の銀塩フィルムの基礎は、1839年にフランスのダゲールが発明したダゲレオタイプにある事は、最初にお話しましたが例えば、ロールフィルムは1888年に米国のイーストマン・コダック社が特殊な紙に感光剤を塗ったロールフィルムを造ったのが最初です。
翌年の1889年には、セルロイドを使ったロールフィルムを製品化、その名も「ロールフィルム」でした。当時はガラス乾板や印画紙が中心でしたので画期的発明で一挙に利便性が向上しました。
1880年にジョージ・イーストマンが写真感光材料会社イーストマン・コダックを設立した9年後のことです。
日本国内では、1928年に旭日写真工業という会社が「菊フィルム」というロールフィルムを製品化、翌1929年には当時は六桜社と言っていた小西六写真が「さくらフィルム」を発売しています。富士フィルムの参入は少し遅れて、大日本セルロイドという会社から富士写真フィルムが創立したのが1934年です。
コダックって、やはり技術力が高くて世界をリードしていたのですね。
コダックが規格化した各種サイズフィルム
左上から127ベスト判フィルム・126インスタマチックフィルム・110ポケットカメラフィルム・ディスクフィルム
上野)現在ごく当たり前に使用しているパトローネ入りの35mmフィルム、パトローネを最初に製品化したのもコダックで1934年のことです。
それまでは、ライカ、コンタックス等の35mmカメラは、専用マガジンに映画用35mmフィルムを切って入れる方法を採用しておりました。コダックが製品化したパトローネ入りフィルムは利便性の面より「あっという間」に世界標準になりました。
コダックは、種々のフィルムサイズを規格化しています。ブローニーと呼ばれる120フィルム、ベスト判と呼ばれる127フィルム、インスタマチックと呼んでいた126フィルム、そして110フィルム等、コダックが企画して製品化したフィルムは、いずれも世界標準となり世界のフィルム・カメラメーカーが採用しました。すこしの失敗作もありましたが。
コダック コダクロームフィルム
尾崎)フィルムサイズだけでなくフィルムの開発技術でも世界の写真工業界をリードしました。つい最近に販売が終了した世界唯一の外式リバーサルカラーフィルム「コダクローム」は、その典型ですね。
フィルムについて何か面白い話を聴かせてください、尾崎さん。
尾崎)そうですね、フィルムや印画紙の感光層にゼラチンを使っている事をハピコさんは知ってましたか。
ハロゲン化銀という感光物質を高純度のゼラチンに分散してフィルムや紙に塗布しています。ハピコさんが食べているゼリー等のゼラチン食品よりも遥かに高純度のゼラチンで牛の骨から採ったコラーゲンを原料にしています。
そのために専用牧場を持っていたメーカーもあったとされています。
じゃ~食べられるんですか?
4×5リバーサルカラーフィルムのコードノッチ
尾崎)ロールフィルムでは表裏の判定を行う必要はありませんが、シートフィルムの場合は全暗室という真っ暗な暗室でカメラのカセット等にフィルムをセットしますのでフィルムの表裏判定が必要になります。このため、シートフィルムには「コードノッチ」という表裏判定用の切り込みマークが付けられており、このコードノッチを「右手で右上に持つと手前が乳剤面・表面」というルールが設けられてます。
でも、大きなサイズのフィルムを切って使用するときは自分でフィルム角を小さく切り落としてノッチの代わりにしておかないと表裏が判らなくなります。
ノッチをつけ忘れて表裏が判らなくなった時の手段は「なめる」ことです。
フィルムはゼラチンが塗ってあるので「なめればわかります」、「なめたらアカンデヨ」の世界とは全く逆ですが。
当然のことですが、フィルムの種類によって「味」が異なります。「なめてフィルムの種類がわかる」と自慢する友人がいたことを覚えています。「フィルム・ソムリエ」ですね。
ゼラチンの材料のコラーゲンは、皆さん良くご存じの通り化粧品の材料としても重要でゼラチン・コラーゲンを徹底的に知り尽くした富士フィルムが化粧品に参入したことは異業種参入でも無く、特に驚く事ではありません。
むしろ、化粧品メーカーよりも詳しいかもしれませんよ。
富士フィルムの化粧品を使っているから、松田聖子さんはいつまでも綺麗なんですか。
尾崎)さあ、そこまでは判りませんね。
