伊豆ガイド〜北伊豆編〜
函南[かんなみ]
- 名物
- スイカ、牛乳
- 名所・史跡
- 函南原生林、柏谷百穴、丹那断層
- 簡単アクセス
-
●東京方面
東海道新幹線三島駅、東海道線函南駅
東海道新幹線三島駅、東海道線三島駅―伊豆箱根鉄道 伊豆仁田
東名高速 沼津インター 国道1号 三島 国道136号
新宿駅西口―伊豆=新宿スカイライナー (1日2往復)三島―伊豆箱根鉄道 伊豆仁田
●名古屋方面
東海道新幹線三島駅、東海道線三島駅―伊豆箱根鉄道 伊豆仁田
東名高速 沼津インター 国道1号 三島 国道136号
●熱海より
熱海函南道路
- 歴史
- ●函南の町名は、箱根山の南に位置することでつけられた。狩野川に向かってなだらかに傾斜した地形は住みやすそうで、古墳時代の横穴式墓群「柏谷百穴」は東海地方で最大級の規模。JR函南駅北側の桑原薬師堂の阿弥陀三尊像は800年ほど前の鎌倉時代初期に「慶派」の仏師・実慶によって作られたもので、早くから鎌倉と関わりがあったらしい。狩野川に近い仁田は源頼朝の家臣で富士の巻狩りで活躍する仁田四郎忠常の出身地という。塚本の興聖寺には江戸時代に隠れキリシタンと呼ばれた人たちが「子育て観音」と偽り命がけで守ってきたマリア観音がある。幕末に一帯を縄張りにした博徒・大場の久八は韮山代官・江川太郎左衛門に共鳴し、江戸湾の台場(砲台、現在のお台場)建設に協力した。
●近代に入ると産業振興が叫ばれ、豪農・仁田大八郎は自ら農学校を設立、現在の田方農業高校の発祥だ。また山間の丹那では酪農が試みられ、苦心の末、低温殺菌でブランドになった丹那牛乳を生み出した。熱函道路沿いの「酪農王国オラッチェ」では牛乳やチーズなど乳製品と地ビールを即売する。中間地の平井では昭和30年代に始まった露地栽培のスイカが首都圏向けに出荷されている。
●大きな変化は昭和5年(1930)の北伊豆地震で、震源地に近い丹那断層と田代の火雷神社のずれた鳥居が揺れの激しさを伝えている。地震は建設中の丹那トンネルを直撃、トンネルの中にもすれが生じたため、トンネルの中央部でS字にカーブするように設計変更された。4年後の1934年、東海道線は熱海、三島を経由する現在の形で完成、函南駅が誕生した。函南駅のすぐ近くに「新幹線」という字名があり、こちらは国鉄感謝や宿泊所があり東海道新幹線の新丹那トンネル工事の基地になった。工事終了後、官舎などは撤去され、跡地が住宅地になり、字名に名残が残っている。
●箱根山系鞍掛山から狩野川に流れる来光川の源流部に広がる約14ヘクタールの森林が函南原生林と呼ばれる。樹齢500年を越すアカガシ、100年以上のヒメシャラ、ブナ、イヌシデなど、首都圏近くでは例のない原始の森で、箱根山禁伐林組合の管理下で一般公開されている。
●狩野川に近い地域は南隣の韮山、西の沼津、北の三島との交流、山間部は峠越えで熱海との交流が深かった。熱海寄りの山村・軽井沢には、飼い猫が夜な夜な寺の境内に集まり、輪になって踊っていたという伝説があり、町の名物「かんなみ猫おどり」のルーツになっている。山沿いに南に行くと低温で保養温泉に指定されている畑毛があり、ぬる湯を楽しんだ若山牧水の歌碑がある。