伊豆ガイド〜東伊豆編〜
熱海[あたみ]
- 名物
- 七尾ダイコン、干物
- 名所・史跡
- 伊豆山神社(源頼朝由来)、お宮の松、澤田政広記念館(彫刻家)江戸城建造石切り場、江戸城献上の湯、熱海梅園
- 簡単アクセス
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●東京方面
東海道新幹線熱海駅、東海道線熱海駅―伊東線 来宮 伊豆多賀 網代
東名高速 厚木インター―小田原厚木道路 小田原―早川―熱海 国道135号
●名古屋方面
東海道新幹線熱海駅、東海道線熱海駅―伊東線 来宮 伊豆多賀 網代
東名高速 厚木インター―小田原厚木道路 小田原―早川―熱海 国道135号
- 歴史
- ●古くから温泉で知られ、平安時代、伊豆に流された役の行者(えんのぎょうじゃ・役の小角)が伊豆山で海から温泉が湧き出しているのを見つけたのが始まりという(走り湯権現)。伊豆に流された源頼朝は伊豆山神社で北条政子と愛をはぐくみ、鎌倉幕府を開いた後も保護している。江戸時代には徳川家康も来湯(1604)、将軍家に湯を献上するならいとなり、今は天皇に献上している。また伊豆山、網代、初島など伊豆石の産地で、江戸城築城に使われた。
●明治初期から政財界要人の保養や会談の舞台となり、東京の奥座敷と呼ばれた。その連絡のため1889年に東京電信局との間に国内初の公用市外通話が開通、市外電話発祥の地でもある。鉄道省熱海線(JR東海道線)開通後は首都圏からの保養客が押し寄せ、昭和30年代までは新婚旅行、それ以降は社員旅行のメッカとなった。奥座敷の老舗としては、全国有数の芸妓の町でもあり、きれいどころの芸能発表は観光資源でもある。別荘地としても著名人が多く、坪内逍遥、佐々木信綱、志賀直哉、谷崎潤一郎らが住んだ。現在もテレビドラマの橋田寿賀子、時代小説の佐伯泰英らが熱海で執筆している。熱海を舞台にした作品では尾崎紅葉「金色夜叉」が名高い。南部の網代は漁業の村で、国道135号沿いの「干物街道」も有名。北部の伊豆山は畑作で知られ、七尾たくあんが有名。1937年4月1日、田方郡熱海町と多賀村が合併し市制施行、1950年国際観光文化都市指定。
●熱海への人車鉄道 1895年熱海―吉浜間、1896年早川―吉浜間、1900年早川―早川口間に豆相人車鉄道が開通、95年熱海鉄道に社名を変更し1907年、蒸気機関車で引く軽便鉄道に代わった。1920年、熱海線国府津―小田原間開通に伴い、鉄道の権限を国に売却、丹那トンネル建設の資材運搬などに使われたが、1923年、関東大震災で全線不通になり、翌年3月、廃止になった。総延長25.3キロ、人車鉄道で3時間から3時間40分、軽便鉄道で2時間20分から2時間40分かかった。芥川龍之介「トロッコ」は軽便鉄道への切り替え工事を描いている。軽便鉄道を引いた機関車はJR熱海駅前に保存され、1976年、準鉄道記念物に指定されている。